仕事が無い月に何をすればいいのか、という話を書きます。結論から先に書くと、私がやったのは「思いつくものを一通り試すこと」と「反応が無い期間をすぐ失敗だと決めつけないこと」の2つでした。かっこいい戦略があったわけではありません。実際は、あがいていただけです。
書いているのは、さとりといいます。元は調理師で、飲食の現場に10年いました。そこからSNS運用代行のフリーランスとして独立しています。営業が苦手で、その苦手を埋めるために自動化を作り始めた在宅ワーカーです。独立してから半年くらいは無収入で、そのあとの半年も収入は一桁万円台でした。つまり「仕事が途切れた月」どころではなく、最初から仕事が無い状態から始めています。
この記事で分かるのは、次のことです。
- 収入が読めない時期に、実際に何をして食いつないだのか
- 何を試して、そのうち何が実績になったのか
- 手応えが無い期間に、どう耐えたのか(耐えられたわけではない話も含みます)
- 今の私が同じ時期に戻れるとしたら、先にやっておくこと
数字はすべて自分の実際の記録から書いています。うまくいった話としては読めないと思います。それでも、同じ場所にいる人にとっては、どこかが引っかかるかもしれません。
まず、私の「仕事が無い期間」は半年でした
独立するために動画編集のスクールに入りました。費用は約70万円、期間は6ヶ月です。収入が無いまま費用だけが出ていく時期でした。
そして卒業しても、すぐに仕事は来ませんでした。独立してから半年くらいは無収入です。そのあとの半年くらいも、収入は一桁万円台でした。合わせて1年、まともに稼げていません。
この期間、何で生活していたかというと、アルバイトです。バイトをしながら食いつなぎました。ここは正直に書いておきたいところで、「独立したらフリーランス一本」という形にはなりませんでした。生活費を稼ぐ手段を別に持ったまま、フリーランスの仕事を探していた期間です。
当時どう思っていたかというと、焦りよりも先に「これで生きていける気がしない」という感覚のほうが強かったです。初めて報酬を受け取ったときも、うれしさより先にその感想が来ました。金額が小さかったからです。
仕事が途切れている時期に一番きついのは、お金が減ることそのものより、この先も同じことが続くように見えることでした。先が見えないと、今日やっている作業が意味のある作業なのか判断できません。判断できないまま手だけ動かすのは、思っていた以上に消耗します。
バイトを併走させたことを、後悔はしていません
「バイトをすると独立に本気になれない」という言い方を見かけることがあります。私の場合はそうは思いませんでした。生活が成り立たなければ、そもそも試行錯誤する時間が取れないからです。
ただし、バイトの時間があるぶん、フリーランス側に使える時間は減ります。ここは事実として書いておきます。両立できていたというより、収入が無い状態を延命しながら試していた、というのが実際に近いです。
思いつくものを一通りやりました
仕事が取れないので、毎日なにかしら試行錯誤していました。具体的にやったのは、次のものです。
- クラウドソーシングでの応募
- ココナラでのコンサル出品
- YouTube
- その他、思いついたものは一通り
整理された戦略ではありません。一つやってみて、反応が無いから次を試す、という繰り返しです。今から見れば分散しすぎだったと思いますが、当時は何が当たるのか分からなかったので、絞りようがありませんでした。
この時期を振り返って一つだけ言えるのは、何もしなかった日より、外れでもいいから何かを出した日のほうが、精神的には楽だったということです。結果は変わらなくても、手を止めたまま不安を抱えているより、動いているほうがまだ持ちました。ここは効率の話ではなく、続けられるかどうかの話です。
「一通りやる」と「何も決めない」は違います
とはいえ、全部を同時に薄くやると、どれも結果が出るところまで届きません。私の場合、結果的に何が残ったかというと、クラウドソーシングとココナラでした。実際に人からお金をもらえた場所だけが残った、という言い方が正確です。
だから、試すこと自体は否定しませんが、「お金が発生したかどうか」で残す・切るを判断するのは、早めにやったほうが良かったと思っています。私はそれをやらずに、なんとなく全部を続けていました。
最初の仕事は取れました。でも続きませんでした

独立して最初の仕事は、クラウドソーシングでもらった動画編集の案件でした。ようやく取れた、と思いました。
ただ、その相手からはすぐに連絡が来なくなりました。継続にはなりませんでした。理由は分かっていません。聞ける関係でもありませんでした。
このときに感じたのは、案件を1件取ることと、収入が安定することは別の話だということです。1件取れた時点では「これで流れが変わるかもしれない」と思ったのですが、次が無ければ、翌月はまた仕事が無い月になります。
ココナラのほうは、コンサルの案件を10件ほどもらえました。1本3,000円です。時給に換算すると安かったのですが、実績にはなりました。動画編集の案件のほうは、独立初期で1本4,000円から10,000円くらい。動画の尺によって金額が変わりました。
この金額を並べて書くと、なぜ半年たっても一桁万円台だったのかが分かると思います。単価が低い仕事は、件数を積んでも生活費に届きません。ただ、届かないと分かっていても、当時の私はその仕事を断れませんでした。断ったら本当にゼロになるからです。
スクールに払った70万円を、後から割り算しました
これは最近になって計算したことです。独立初期の編集単価は1本4,000円から10,000円でした。ということは、スクールに払った約70万円は、70本から175本ぶんの仕事に相当します。
払う前に、この割り算をしていませんでした。回収に何本必要かを先に出しておけば、無収入の半年をどう見積もるかも変わっていたはずです。仕事が途切れた月の話とは少しずれますが、先に「何本ぶんか」を数字にしておくことは、収入が読めない時期の判断をかなり楽にすると思います。
営業が苦手なまま、営業をしていた時期の話
仕事が無いなら営業すればいい、というのは正しいのですが、私はここが一番苦手でした。
テキストでのやり取りが昔から苦手です。今でも苦手なままです。初対面の相手とオンラインで話すと、人見知りと自信のなさが前面に出てしまいます。自分でも分かっています。正直、その時間が本当に嫌でした。
金額を出すときも、自信がないので自分から下げてしまっていました。相手に値切られたわけではありません。こちらから先に下げていました。
提案資料を見てもらえたことはありました。ただ、そのあとの連絡は一切来ませんでした。こちらからリマインドする勇気がなくて、そのまま終わりました。今考えれば、一言送るだけの話です。それができませんでした。
仕事が途切れる原因が、能力ではなく「連絡を送れないこと」だったケースが、私には確実にありました。これは技術を上げても解決しません。私が後になって自動化を作り始めたのは、この苦手を根性で克服するのを諦めたからです。
苦手を埋める方向に切り替えました
克服しようとしていた時期は、うまくいきませんでした。人と話すのが嫌だという感覚は、回数を重ねても減らなかったからです。
そこで、話さずに済む導線を作るほうに寄せました。今は自分の発信を自動化していて、Threadsは1日5本(7時・12時・17時・21時・23時)を全自動で投稿しています。Xも同じ時間に1日5本、同じ作りです。Windowsのタスクスケジューラーと、Pythonと、API直叩きで組みました。
これが今すぐ仕事に化けているかというと、化けていません。そこは後で正直に書きます。ただ、「営業が嫌でゼロ件のまま止まる」という状態からは抜けられました。止まらない仕組みを先に作る、というのは、仕事が無い月にやる作業として悪くなかったと思っています。
手応えが無い期間を、どう扱うか

収入が読めない時期に一番困るのは、やっていることが効いているのかどうか分からないことです。
最近、引き継いだクライアントの案件を、コンセプトから作り直しました。それが伸びました。素直にうれしかったです。クライアントも驚いていましたし、正直、自分でも驚きました。
ただ、ここが大事なところで、伸びるまで手応えは一切ありませんでした。やっている最中は、効いているのかどうか分からないままです。手応えが無い時期がしばらく続いたあとで、急に来ました。
この経験があるので、今も反応が無い期間をすぐ失敗とは思わないようにしています。これは精神論ではなく、実際に「無反応のあとで急に動いた」ことがあるから、そう扱っているという話です。
ただし、無反応を無条件で許すわけではありません
自分の発信のほうは、正直うまくいっていません。数字を出します。
- 6月25日から7月27日までにThreadsへ87本を自動投稿。その間フォロワーは0人のままでした
- 7月27日時点で数えたとき、7月のビューは527、いいね7、返信0、リポスト0。返信は一度も来ませんでした
- 7月27日時点で、68本のうち13本がビュー0か1でした
- 週ごとの平均ビューは右肩下がりです。18.2 → 15.9 → 8.4 → 7.9 → 5.0
クライアントの案件は無反応のあとで伸びましたが、自分の発信は無反応のまま下がり続けています。同じ「反応が無い期間」でも、中身は違います。
私が今のところ持っている区別は、下がっているのか、横ばいなのかです。横ばいはまだ判断を保留していいと思っています。右肩下がりは、やり方が合っていないという情報だと受け取っています。この区別が正しいかどうかは、まだ結論が出ていません。ただ、何も見ずに「続けていれば報われる」と思うよりはましだと考えています。
仕事が無い月にやって、実際に残ったこと
ここまで書いたものを、残ったものと残らなかったものに分けます。
残ったもの。
- ココナラで受けたコンサル10件ほど。単価は安かったが、実績として残った
- クラウドソーシングで受けた編集案件。継続にはならなかったが、最初の1件は取れた
- 「毎日なにかしら試す」という習慣。これは今の自動化づくりにつながっています
残らなかったもの。
- 提案資料を送って、そのまま連絡が途切れた案件
- 自分から値下げして受けた仕事の、価格の基準。一度下げた金額は、自分の中の基準になってしまいました
いま同じ時期に戻れるとしたら、先にやることは3つあります。
- 払った費用を「何本ぶんか」に換算しておくこと。70万円が何本ぶんかを、払う前に出しておく
- お金が発生した場所だけを残して、それ以外は一度止めること。分散したまま全部を薄く続けない
- 連絡を送れない自分を前提に、送らなくて済む導線を先に作ること。根性で直そうとしない
3つとも、後になって気づいたことです。当時これができていたかというと、できていません。
今も収入が読めているわけではありません

ここまで過去の話をしてきましたが、現在(2026年8月時点)も安定しているわけではないので、そこは書いておきます。
自社の収益はまだ立っていません。業務委託の仕事はありますが、仕事量が多くて大変なわりに利益は低いです。AIを使った仕事に可能性は感じているものの、収益が立っていないので、方向性が合っているのか不安になります。
自動化を作っているのに、結局そのつど自分の手を動かしてしまっている、ということもあります。自分の発信の集客もうまくいっていません。誰にも見られていない状況が続くのは、単純にきついです。
フリーランスはメンタルが不安定になりやすいですし、将来も不安です。「仕事が途切れた時期を乗り越えた話」ではなく、「途切れたり戻ったりを続けている話」だと思ってもらったほうが正確です。
それでも辞めなかった理由
飲食の仕事を辞めようと思ったのは、変わらない日常のまま今後もこれが続くのか、と考えた瞬間でした。労働時間が長くて体力的に辛い仕事を、この先ずっと続けるのは嫌でした。休みの日は体力が残らず、休みでも何もできずに終わりました。休憩時間もほとんど取れませんでした。だんだん毎日が楽しくなくなってきました。
頑張っても変わらない、という事実があって、それがいちばん大きかったです。料理そのものは好きでした。きつかったのは仕事の中身ではなく、労働時間のほうでした。
今は、好きなことを好きな時間にやれています。収入は不安定ですし、無反応が続いてきついこともありますが、辞めてよかったと今になって思えます。仕事が無い月があるのは事実ですが、その月をどう使うかは自分で決められます。前の職場では、そこが決められませんでした。
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まとめ|仕事が無い月にやったこと
整理します。
- 独立してから半年は無収入、そのあとの半年も一桁万円台。バイトをしながら食いつなぎました
- クラウドソーシング、ココナラ、YouTube、思いつくものは一通り試しました。残ったのは、実際にお金が発生した場所だけでした
- 単価は編集で1本4,000円から10,000円、コンサルで1本3,000円。実績にはなりましたが、生活費には届きませんでした
- 営業が苦手で、リマインドを送れずに終わった案件があります。ここは技術ではなく導線の問題でした
- 手応えが無い期間は、すぐ失敗と決めない。ただし右肩下がりは別の情報として扱う
- 現在も収益は立っていません。乗り越えた話ではなく、続いている話です
仕事が無い月に、劇的に状況を変える一手は、私には見つかりませんでした。あったのは、外れてもいいから毎日何かを出すことと、お金が発生した場所を数えることだけです。地味ですが、この2つ以外に効いたものが思い当たりません。
もし今、案件が途切れて何をすればいいか分からないという状態なら、まず「実際にお金が発生した経路がどれだったか」を書き出してみるところからでいいと思います。私はそれを1年遅れでやりました。早くやったほうが、迷う時間は短くなります。
収入の柱を1本増やす方法を探しているなら、フリーランス向けのエージェントに登録して、いま自分のスキルでどの程度の案件が回っているのかを見ておくのも一つです。登録して案件を眺めるだけでも、自分の単価の位置が分かります。私自身が値下げの癖から抜けられなかったのは、比べる相場を持っていなかったからでした。


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