飲食を10年やって独立した理由|辞めたのは仕事の中身ではなかった

飲食を10年やって独立した理由|辞めたのは仕事の中身ではなかった キャリア

この記事が答えるのは、「料理そのものは嫌いじゃないのに、飲食の仕事を辞めたくなるのはなぜか」という一つの質問です。

先に結論を書きます。私の場合、辞めた理由は仕事の中身ではありませんでした。料理は好きでした。きつかったのは労働時間のほうです。そして最後に効いたのは、頑張っても変わらない、という事実でした。

書いているのは、さとりといいます。元・調理師で、飲食の現場に10年いました。そこからSNS運用代行のフリーランスとして独立して、いまは業務委託でインスタグラムの運用代行とMEOの運用代行をやっています。営業が苦手で、その苦手を埋めるために自動化を作りはじめた在宅ワーカーです。

この記事では、辞めると決めた瞬間に何を考えていたか、辞めるとき実際に何が起きたか、そして辞めたあとに何が待っていたかを、順番に書きます。かっこいい独立の話ではありません。無収入の半年が普通に来ます。それでも、いまは辞めてよかったと思えています。その理由まで書きます。

辞めようと思ったのは、この先も同じ日常が続くと気づいた瞬間だった

辞めようと思った瞬間のことは、はっきり覚えています。特別な事件があったわけではありません。変わらない日常のまま、今後もこれが続くのか、と考えた瞬間でした。

労働時間が長くて、体力的に辛い。その仕事をこの先ずっと続けるのは嫌だ、と思いました。何かに怒っていたわけでも、誰かに追い詰められていたわけでもありません。ただ、続きが見えてしまった、という感覚でした。

当時の生活はこうでした。昼に出勤して、真夜中に退勤する。休憩時間もほとんど取れませんでした。休みの日は体力が残っていなくて、何もできずに終わる。付き合っている人とは生活リズムが合わず、会えるのは夜になるので、予定を合わせるのも難しい状態でした。

そういう日が積み重なって、だんだん毎日が楽しくなくなってきていました。楽しくない、という言い方は弱く聞こえるかもしれませんが、当時の実感としてはこれがいちばん近いです。強い不満というより、静かに削れていく感じでした。

「仕事が嫌い」と「働き方が無理」は別のもの

ここは分けて考えたほうがいいと思っています。私は料理そのものは好きでした。作るのが嫌になったわけではありません。きつかったのは仕事の中身ではなく、労働時間のほうでした。

もしこれを読んでいる方が、いま飲食を辞めたいと感じているなら、嫌なのが「作業の中身」なのか「働き方の構造」なのかを一度分けてみてください。この二つは、辞めたあとに向かう先がまったく変わります。

中身が嫌なら、同じ業界の別の店に移ってもたぶん同じです。構造が嫌なら、業界を変えるか、働き方そのものを変えるかになります。私は後者でした。だから業界ごと出ました。

いちばん大きかったのは「頑張っても変わらない」という事実だった

時間の話をいくつか書きましたが、決め手はそこではありません。頑張っても変わらない、という事実があった。これがいちばん大きかったです。

給与や待遇について、社長とは価値観が合わないとずっと思っていました。合わないと思いながら10年いた、ということでもあります。合わせようとして、うまくいかなかった時期も含めての10年です。

頑張っても変わらない、と分かってしまうと、そこから先の努力の置き場所が無くなります。頑張ること自体は苦ではありませんでした。ただ、その頑張りが自分の状況を動かさないなら、どこに置けばいいのか分からなくなる。その感覚が、時間の辛さより先に来ていたように思います。

言い換えると、私が辞めたのは「今がしんどいから」ではなく「この先も同じだと分かったから」です。同じように見えて、この二つはかなり違います。前者は環境が良くなれば消えますが、後者は消えません。

辞めると伝えたとき、実際に何が起きたか

オンラインで学ぶ様子

ここは、たぶん多くの方が気にする部分だと思うので、起きたことだけを書きます。脚色はしません。

  • 辞めると決めたとき、社長には電話で伝えました。
  • 電話のあとに話し合いの場が持たれて、社長からは「もったいない」「やめないでほしい」と引き止められました。
  • 最終日は、特別なことは何も起きませんでした。スタッフに挨拶をして、普通に終わりました。
  • 後日、お別れ会のようなものを開いてもらいました。普通に楽しかったです。

引き止められはしましたが、揉めたわけではありません。最終日も、想像していたような感傷的な何かは起きませんでした。挨拶をして、普通に終わりました。嫌いで辞めたわけではない、というのが、いま振り返っての正直なところです。

辞めるときのことを想像すると、たいてい実際より大げさなものを思い浮かべると思います。私もそうでした。実際は、電話をして、話し合いがあって、普通に最終日が来ました。それだけです。

家族には相談しませんでした

辞めることを、家族には相談しませんでした。自分で決めました。

これを人に勧めるつもりはありません。相談したほうがいい人もいると思います。ただ私の場合は、相談して答えが変わるものではないと感じていたので、決めてから動きました。

辞めたあとに待っていたのは、無収入の半年だった

ここからは、辞めたあとの話です。ここを飛ばして「独立してよかった」とだけ書くのは、たぶん不誠実になります。

独立するために、まずスクールに入りました。通ったのは動画編集のスクールで、費用は約70万円、期間は6ヶ月でした。収入が無いまま、費用だけが出ていく時期です。

そして、独立してから半年くらいは無収入でした。そのあとの半年くらいも、収入は一桁万円台です。その間はアルバイトをしながら食いつなぎました。

仕事が取れないので、毎日なにかしら試行錯誤していました。ココナラでコンサルをやったり、YouTubeをやったり、クラウドソーシングをやったり、思いつくものは一通りやりました。当時やっていたYouTubeはゲーム実況でしたが、伸びませんでしたし、続けられませんでした。

最初の報酬をもらったときに思ったこと

独立して最初の仕事は、クラウドソーシングでもらった動画編集の案件でした。その相手からは、すぐに連絡が来なくなりました。

金額の実際はこうです。独立初期の編集案件は、1本4,000円から10,000円くらい。動画の尺によって金額が変わりました。ココナラのコンサルは1本3,000円で、10件ほどもらいました。時給に換算すると安かったですが、実績にはなりました。

初めて報酬を受け取ったとき、うれしさより先に「これで生きていける気がしない」と思いました。これが正直な感想です。だからあがいて、毎日いろいろ試しました。

ちなみに、スクールに払った約70万円を、当時の編集単価で割り算するとどうなるか。1本4,000円なら175本、1本10,000円なら70本ぶんです。私はこの割り算を、払う前にしていませんでした。スクールが悪かったという話ではなく、いくらを何で回収するのかを先に数えておくべきだった、という話です。

営業が苦手なまま独立すると、こうなる

辞めた理由の話に戻ると、私は「働き方の構造」が嫌で出ました。ただ、出た先には別の構造があります。仕事を自分で取ってこないといけない、という構造です。

私はここが苦手でした。いまも苦手なままです。

  • テキストでのやり取りが昔から苦手です。
  • 初対面の相手とオンラインで話すと、人見知りと自信のなさが前面に出てしまいます。自分でも分かっています。
  • 正直、その時間が本当に嫌でした。
  • 金額を出すときも、自信がないから自分から下げてしまっていました。
  • 提案資料を見てもらえたことはありましたが、そのあとの連絡は一切来ませんでした。こちらからリマインドする勇気がなく、そのまま終わりました。

飲食を辞めれば全部が解決する、という話ではないということです。私の場合、時間の問題は解決しましたが、営業という新しい苦手が来ました。その苦手を埋めるために自動化を作りはじめた、というのがいまにつながっています。

ここは正直に書いておきたい部分です。独立は、しんどさが消える選択ではなく、しんどさの種類が入れ替わる選択でした。

いまやっていること、いま抱えていること

動画編集の作業画面

いまは業務委託で、インスタグラムの運用代行とMEOの運用代行をやっています。実際の作業は、企画と台本の作成、編集の指示、投稿作業、月次の分析です。

正直に言うと、やっていること自体は会社員と変わらないと思っています。違うのは、働く場所と、出社が無いことくらいです。飲食を辞めてフリーランスになったからといって、まったく別の生き物になったわけではありません。

不安もそのまま書きます。2026年8月時点で、自社の収益はまだ立っていません。業務委託は仕事量が多くて大変なわりに、利益は低いです。AIを使った仕事に可能性は感じていますが、収益が立っていないので、方向性が合っているのか不安になります。自分の発信の集客もうまくいっていません。誰にも見られていない状況が続くのは、単純にきついです。一人で仕事をしていてきついのは、誰とも喋らないことで、孤独だとも感じています。フリーランスはメンタルが不安定になりやすいですし、将来も不安です。

それでも、好きなことを好きな時間にやれている今の環境は、辞めてよかったと今になって思えています。不安が無いから良い、ではありません。不安はあります。その上で、時間の使い方を自分で決められるようになったことが、私にとっては大きかったです。

手応えが無い期間を、すぐ失敗と決めないこと

ひとつだけ、いま効いている実感を書きます。

引き継いだクライアントの案件を、コンセプトから作り直したことがありました。それが最近になって伸びました。素直にうれしかったですし、クライアントも驚いていました。正直、自分でも驚きました。

大事なのはここからで、伸びるまで手応えは一切ありませんでした。やっている最中は、効いているのかどうか分からないままです。手応えが無い時期がしばらく続いたあとで、急に来ました。

だから今も、反応が無い期間をすぐ失敗とは思わないようにしています。独立してからの無収入の半年も、いま振り返ると同じ形をしていました。

この記事が向く人・向かない人

ここまで読んで、自分に当てはまるかどうかを判断してもらうために、線を引いておきます。

向いていると思う方

  • 仕事の中身は嫌いではないのに、働き方のほうが続かないと感じている方
  • 頑張っても状況が変わらない、と思ってしまっている方
  • 辞めたあとに何が起きるかを、良い面だけでなく知っておきたい方

向いていないと思う方

  • 辞めればすぐ収入が上がる、という話を探している方。私は半年無収入で、その次の半年も一桁万円台でした
  • 独立すれば人と話さずに済む、と思っている方。営業はついてきます
  • いまの職場の人間関係そのものが辛い方。私のケースは辞めた理由が構造の側だったので、たぶん参考になりません

それから、飲食を辞めるかどうかを迷っている段階なら、辞めると決める前にやれることがあります。私はやりませんでしたが、お金の見通しを先に数えておくことです。スクールに入るなら、その費用を何で回収するのかを、単価で割ってから決める。ここは私が実際に飛ばした工程なので、強めに書いておきます。

これから動く人が、先に決めておくといいこと

これからを考える様子

私が実際に通った順番から、先に決めておいたほうがよかったと思うものだけを挙げます。うまくやる方法ではなく、私がつまずいた場所です。

  1. 辞めたい理由を「中身」と「構造」に分ける。 中身が嫌なら業界内の移動でも変わりますが、構造が嫌なら働き方ごと変えることになります。ここを取り違えると、移った先で同じことが起きます。
  2. 収入が無い期間の長さを、あらかじめ想定しておく。 私は半年無収入、次の半年も一桁万円台でした。アルバイトで食いつなぎました。ここを「たぶん何とかなる」で越えようとすると、たぶん苦しくなります。
  3. 学習にお金を払うなら、回収の割り算を先にする。 約70万円は、当時の私の編集単価では70本から175本ぶんでした。この計算を先にしていれば、少なくとも覚悟の量は変わっていたはずです。
  4. 自分の苦手が、独立後にどこで出るかを見ておく。 私は営業でした。苦手なまま出ると、金額を自分から下げたり、リマインドできずに案件が消えたりします。実際に起きました。

なお、金額や期間はいずれも2026年8月時点での私の実績です。スクールの費用や講座の内容は時期によって変わりますので、検討する場合は最新の情報を公式で確認してください。

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まとめ:辞めたのは、仕事の中身ではなかった

最初の質問に答えます。「料理そのものは嫌いじゃないのに、飲食の仕事を辞めたくなるのはなぜか」。

私の答えは、嫌になっていたのは仕事の中身ではなく、労働時間と、頑張っても変わらないという構造のほうだったからです。料理は好きでした。だから辞めるときも、嫌いで辞めたわけではありませんでした。最終日は普通に挨拶をして終わりましたし、後日のお別れ会は普通に楽しかったです。

辞めたあとは、半年の無収入と、一桁万円台の半年が来ました。最初の報酬をもらったときの感想は「これで生きていける気がしない」でした。営業は苦手なままで、いまも自社の収益は立っていません。孤独もあります。

それでも、好きなことを好きな時間にやれている今の環境については、辞めてよかったと思えています。

もしいま、同じように「この先もこれが続くのか」と考えてしまっているなら、まずは嫌なのが中身なのか構造なのかを分けてみるところから始めてみてください。答えが構造のほうだったなら、環境を変えても消えません。私はそうでした。

そして、辞めると決めたあとに何にお金と時間を使うかは、先に数えてから決めてください。独立の準備としてスクールを検討している方は、費用と期間、そして自分の想定単価で何本ぶんになるのかを、資料請求や無料の説明会で確認するところからで十分だと思います。段差の低いところから踏んでいくのがいちばん現実的です。

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